ART / DESIGN

2頭の蚕が生む奇跡の繭。富山・城端の「松井機業」が
目指す、後世へ伝えるものづくり

2020.05.13 WED
ART / DESIGN

2頭の蚕が生む奇跡の繭。富山・城端の「松井機業」が
目指す、後世へ伝えるものづくり

2020.05.13 WED
2頭の蚕が生む奇跡の繭。富山・城端の「松井機業」が目指す、後世へ伝えるものづくり
2頭の蚕が生む奇跡の繭。富山・城端の「松井機業」が目指す、後世へ伝えるものづくり

絹織物業として143年の歴史を誇る「松井機業」。江戸時代から続く「城端(じょうはな)しけ絹」の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、新ブランド「JOHANAS(ヨハナス)」を立ち上げ、国内外から注目されてきた。シルクに魅せられ、後世に残る誇り高いものづくりに励む6代目見習い、松井紀子氏に熱い思いを聞いた。

Text by Kaori Miller
Edit by lefthands
Photographs by Kyohei Noda

明治10年創業の絹織物会社で活躍する6代目見習い

江戸時代より「越中の小京都」と呼ばれ、絹織物の産地として栄えた富山県南砺市城端。善徳寺の寺内町として発展したこの地には、古い蔵や石畳、路地が残っており、昔ながらの情緒あふれる街並みが広がる。ユネスコ無形文化遺産に登録された「城端曳山祭」は、毎年5月に開催。豪華絢爛な曳山が町を練り歩き、300年の伝統を誇る優雅な祭りを見ようとたくさんの観光客が訪れる。

この地で、明治10年から絹織物を一貫製造販売しているのが松井機業だ。同社では2頭の蚕が偶然に生み出す玉繭からできる玉糸を織り上げた「しけ絹」をはじめ、絽(ろ)、紋紗(もんしゃ)、夏用の半衿である衿絽(えりろ)などを生産。紋紗は国宝である高岡山瑞龍寺(ずいりゅうじ)のランプシェードに採用されており、最近はボディタオル用の生地も新たなラインナップに加わった。
2頭の蚕が出会い、1つの繭を作る確率は約3%。奇跡がもたらす希少な玉繭から節のある玉糸ができる
2頭の蚕が出会い、1つの繭を作る確率は約3%。奇跡がもたらす希少な玉繭から節のある玉糸ができる
その6代目見習いとして活躍する松井紀子氏を訪ね、しけ絹の魅力や同社の歴史、将来のビジョンについて聞いた。
6代目見習いとして活躍する松井紀子氏を訪ね、しけ絹の魅力や同社の歴史、将来のビジョンについて聞いた。
「ようこそおいでくださいました」と笑顔で迎えてくれた氏は、松井家の三女として誕生した。高校まで地元で過ごし、東京の大学に進学。卒業後は証券会社に就職し、営業職を3年経験した。順風満帆な生活を送っていたある日、上京した父の商談に同行し、絹の素晴らしさと魅力を知ることになる。

「お蚕さんは豚や牛よりも古い家畜として扱われ、1頭、2頭と数えられることも知りませんでした。繭には水分調整や紫外線カットなどの機能が備わっていたり、絹糸の組成は人間のたんぱく質に含まれるアミノ酸と構成比率がほとんど一緒だったり。父の話は目からうろこが落ちることばかりでした」

この出来事が転機となり、家業を継ぐことを決意。2010年に帰郷した松井氏は、絹が持つポテンシャルの高さに魅了され、夢と希望に満ちあふれていた。
会社ではいつもユニフォーム姿。「できる限り工場にいて、絹の声を聴き、対話を試みます」と語る
会社ではいつもユニフォーム姿。「できる限り工場にいて、絹の声を聴き、対話を試みます」と語る
最盛期には城端の戸数689軒中、375軒が絹織物に関係するほどの隆盛を誇り、町の至るところから機織りの音が聞こえてきたという。しかし、時代の移り変わりや化学繊維の台頭とともに城端織物を生産する工場は激減。織りから染色、張物まで一貫して生産販売を続けているのは松井機業だけになっていた。

2頭の蚕が紡ぐ、唯一無二の美

養蚕業の衰退とともに、自分たちで養蚕を行っていなかった同社にピンチが訪れた。国内の仕入れ先が廃業し、日本での理想的な玉糸の生産が不可能になってしまったのだ。100個に数個の割合でしか生まれない希少な玉繭だけに、原料の確保は容易ではなかった。しかし、その困難を乗り越え、現在はフランスのメゾン系ブランドも取引するブラジルの製糸工場から玉糸を輸入している。

「戦後、多くの日本人がブラジルへ移住しました。取引先の工場長も日本の方で、私が求める理想の玉糸が手に入るんです」

そう語ると、氏は我々を機業場へと案内し、作業工程を説明してくれた。
工場には長年使い込まれたシャトル織機が並ぶ。ベテラン従業員は約10台を一人で管理している
工場には長年使い込まれたシャトル織機が並ぶ。ベテラン従業員は約10台を一人で管理している
カチャーン、カチャーン。

テンポの良い織機の音が工場内に鳴り響く。60年代から使い続けられている旧式のシャトル織機が並び、しけ絹をはじめ、さまざまな絹織物が次々と織り上げられていた。節のある玉糸は引っ掛かりやすく、ベテランの職人によってしっかりと管理され、丁寧に仕上げられていく。
織機にピンと張られた約2400本のタテ糸。織りの準備を整える「整経」という工程も自社で行う
節のある玉糸をヨコ糸に、生糸をタテ糸に、しけ絹が織り上げられていく
絽の襦袢のヨコ糸をボビンに巻き直す作業。糸を綺麗に掛けないとすぐに絡まり切れるので、長年のコツがいる
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かつては「節絹(ふしぎぬ)」と呼ばれ、安価で取引されていたしけ絹だが、今ではその希少性と独特の風合いにより、玉繭、玉糸ともに高値で取引されている。
太さが不均一な玉糸で織り上げられた「しけ絹」。流れ星のように美しい玉模様が印象的
太さが不均一な玉糸で織り上げられた「しけ絹」。流れ星のように美しい玉模様が印象的
「将来は南砺市産の絹を復活させたいんです。2年前の植樹祭で植えた桑の木は、今では森のように育ちました。3年前からお蚕さんを育て始め、まだわずかですが繭も大切に保管しています」

そう将来への意気込みを語り、見せてくれたのが、記事トップの写真に写っている繭玉だ。
工場の一角で年間2000頭の蚕を飼育。藁蔟(わらまぶし)の中で繭作りを行うと、玉繭ができやすくなるのだそう
工場の一角で年間2000頭の蚕を飼育。藁蔟(わらまぶし)の中で繭作りを行うと、玉繭ができやすくなるのだそう
家業を継ぐと決めて帰郷してからは、城端絹をより多くの人に知ってもらうために商品開発を続ける日々が続いた。2014年に「城端」と「シルク」を意味する新ブランド「JOHANAS(ヨハナス)」を立ち上げ、地元の女性デザイナーたちとコラボレートしたご祝儀袋やストールといった商品を展開。2頭の蚕が作り上げた愛の結晶であるしけ絹を、ハレの日を彩るアイテムとしても打ち出したのだ。
工場に併設されたショールームでは、しけ絹で作られた多彩な絹製品の購入が可能
天然繊維の中でも一番肌へのストレスが少ないといわれるシルク。出産祝いのギフトにも好評
手前:男女ともに人気の「拭くシルク」は7色展開。奥:「美肌たおる」は拭くだけで肌がピカピカに
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「宮内庁御用達の傘職人が造る日傘は、年間6本のみの受注生産品。熟練した職人技と私たちのこだわりが詰まった自慢の逸品です」
繭のドームに包まれているような温もりと心地よさ。レフ版効果で肌を美しく見せ、紫外線をカットしてくれる
繭のドームに包まれているような温もりと心地よさ。レフ版効果で肌を美しく見せ、紫外線をカットしてくれる
「現代人は忙しい毎日に追われて、心と体のバランスを崩しがち。ヨハナスの商品を通じて、絹がもたらす自然の癒しの効果を感じてもらえたら嬉しいですね」

装うだけではなく、美と健康に優れた効果が得られる絹の特性を活かした商品も展開。「美肌たおる」「美髪シルク」「美唇シルク」は若い女性からも人気があり、都内の百貨店でも販売されている。

「『美肌たおる』は石鹸なしで汚れが落ちたり、皮膚をこするだけでツルツルになる優れもの。赤ちゃん用ガーゼとしても使える柔らかさと丈夫さも魅力です」と、愛用しているタオルを見せてくれた。

2019年5月には「クールジャパンアワード2019」を受賞。世界各国で活躍する外国人審査員100名によって、しけ絹の襖紙と製品が海外に誇れる日本文化として認められた。今後は海外に向けた商品開発にも期待が寄せられる。
「絡み織り」と呼ばれる技法で織られる紗。伊勢型紙の補強用の生地に用いられている
光が当たると木漏れ日のようなぬくもりを感じる、しけ絹のシェード
手織りに近い特性を活かし、楮(こうぞ)を織り込んだ特殊な織物。素材の共同開発にも柔軟に対応している
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2019年4月には長女を出産し、母になった松井氏。自身のハレの日を彩った、しけ絹のウエディングドレスや花嫁用のベール、ベビードレスもオーダーが可能だ。
内側にもしけ絹をあしらった特別なベビードレス(右)と松井氏のウエディングドレス(左)は見本として展示
内側にもしけ絹をあしらった特別なベビードレス(右)と松井氏のウエディングドレス(左)は見本として展示

声なき物に耳を傾ける

「お蚕さんは命と引き換えに繭玉を作り、美しい絹織物をもたらしてくれます。糸の輝きを見て、命について考えるようになりました。土、雨、風などの自然や、動物や植物、微生物も含めた命の上で、私たち人間は生きています。お蚕さんは、私たちが地球と仲良くするために地球の素晴らしさを伝えてくれているのではないでしょうか。ですが、命を犠牲にするというのは、子どもにとってはなかなか理解しにくいことだと思います。そこで、富山在住のイラストレーターと一緒に子ども向けのお話を作ったんです」
「子どもたちにもお蚕さんの素晴らしさを伝えたくて、紙芝居を作りました」
「子どもたちにもお蚕さんの素晴らしさを伝えたくて、紙芝居を作りました」
最近では、遠足で工場見学に訪れる子どもたちや親子連れも増えてきたそうだ。6代目見習いとして絹と向き合い、走り続けてきた氏に今後のビジョンを尋ねた。

「見て、触れて、作る。お蚕さんの命に感謝しながら、子どもたちが絹糸を紡げるような環境をこの場所で作っていきたいですね。絹の原点である農業を取り入れ、畑では微生物の力を借りて土づくりを行っています。将来は染料の原料も栽培したい」

多くの手と思いが込められたしけ絹の伝統を継承しながら、未来を切り拓く。松井機業の飽くなき挑戦はこれからも続いていく。
越中の織物の女神・姉倉比賣(あねくらひめ)が祀られたお社。「多くの人とご縁をつなげてくださるのは姉倉比賣様のお力です」
創業から大切に継承されてきた木造の社屋。城端を象徴する景観として、2018年「うるおい環境とやま賞」を受賞
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松井機業:
〒939-1815 富山県南砺市城端3393
Tel. 0763-62-1230 (平日9:00~17:00)
ショールーム(13:00~17:00 / 土日休)
工場見学(事前予約):月~金(13:00~16:00)
※その他の日時については応相談
(1~20名程度/回、所要時間約40分)
https://www.matsuikigyo.com/

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